みなさん、こんにちは。大阪母子医療センター新生児科の今西です。HPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンに関する正しい情報を広く発信する会(通称みんパピ)を運営しております。
HPVワクチンは別名子宮頸がんワクチンとも呼ばれますが、正確には少し違います。HPVは子宮頸がんを引き起こしますが、それだけではありません。HPVは中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんの原因にもなるのです。そこで、子宮頸がんワクチンよりもHPVワクチンと呼んだ方が、「わかってますね!」ということになるわけです。
よく勘違いされますが、HPVワクチンは定期接種です。対象年齢は小学校6年生から高校3年生までです。小学校6年生になったら初回接種を受け、1〜2ヶ月の間隔を空けて2回目、初回接種の6ヶ月後に3回目を接種します。
2021年11月12日に、小児医療で注目されるニュースとしてHPVワクチンの再開が決まりましたといった報道がありましたが、これは正式には間違った表現です。正しくは「HPVワクチンの積極的勧奨を再開した」です。この言葉を初めて見られた方には非常に難しい表現と思われますが、「このワクチンを積極的におすすめする事をやめていたけれど、再開する事にしました」という事です。このHPVワクチンの問題は子育て世代の皆様はもちろん、医療関係者の我々にも大切な事を教えてくれました。
マザーキラーと呼ばれる子宮頸がんの現状
子宮頸がんは主にHPVウイルス感染を原因とした女性の子宮にできるがんですが、日本では毎年1万人が新たに診断され、9割近くで子宮の摘出が必要となっています。年間に3000人が亡くなり、計算すると一日8人の女性が亡くなっている事になります。好発年齢は20~40代という働き世代や子育て世代が大半を占めており、マザーキラーと呼ばれる理由です。欧米諸国の接種率が7~8割を認める中、日本は1%以下です。なぜ日本とここまでの差が現れたのでしょうか。
世論に歪められた科学
2000年代後半、リボンムーブメントのような若い女性が自分の健康を守ろうという気運が高まりました。その中で2009年にHPVワクチンが承認され、2013年4月に定期接種となりました。しかし、同時期に接種後から一部の女子中学生に痺れや痛みなどの多彩な症状が現れたという内容をマスメディアが大々的に報じました。同年7月厚生労働省はHPVワクチン接種の積極的勧奨を差し控える決断をしました。
その後、国内外で多彩な症状に関して様々な研究が行われました。有名なのは、2015年に名古屋市立大学が3万人の女性対象に行った「名古屋スタディ」です。結果では、HPVワクチンを接種して問題となった24の症状全てでワクチンを打った人と打ってない人で同じ頻度で起こっている事がわかりました。しかしこれを発表した名古屋市に抗議が殺到し、2016年調査結果を撤回してしまったのです。それだけHPVワクチンに関する科学は発信しづらい世の中の雰囲気でした。
ヘルスコミュニケーションの重要性
自分は小児科医として、ほとんどの母親の方々が2013年に起きたHPV問題を知らない事に気づきました。つまり接種率の低さに「ワクチンは怖い」より「知らない」母親が増えていたのです。
そこでハーバード大学公衆衛生学の医師達や国内の小児科医・産婦人科医合計10名で一般社団法人HPVについての情報を広く発信する会、通称みんパピを立ち上げホームページで医療情報を解説し情報発信を行いました。厚生労働省や学会が出していた情報もありましたが、一般の方々には難しくなかなか情報が得にくいという声がありました。我々の啓発で重要視したのは、難しい情報をなるべく簡単な言葉で伝える事です。難しい医療情報を難しく伝える事は簡単ですが、わかりやすい言葉で伝える事は技術と経験が必要です。
人間なら誰でも健康でありたいと思うものです。健康に向かって、医療者と一般の方々がヘルスコミュニケーションを取っていく必要があります。医療者には科学的根拠(エビデンス)に基づいた情報をわかりやすい言葉で発信する力が、一般の方々も情報を上手に選択していく力が求められる時代と言えます。
HPVワクチンに関する詳しい情報はこちら
「みんパピ」 https://minpapi.jp/
大阪母子医療センター
新生児科 今西 洋介